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2009年10月16日

「孤軍」河を渡る

新政権が発足して、一ヶ月。

「最初の100日」とは、米国で大統領が変わって100日間は、実績や方向性がよく見えないので、マスコミは批判を避ける、という意味です。民主党政権の発足の際に、同じような表現が使われましたが、実際にはずいぶん違う。米国大統領選挙は11月で、就任は翌年の1月で、事前に3ヶ月の準備期間がある。民主党の場合、総選挙から20日ほどしかなかったことを考えると、一概に「最初の100日」などと居えそうもない。
民主党の実態が見えてくるのは、まだまだ先と考えたほうがいい。

野党時代、「これ以上国債を発行したら国が持たない!」と断言した首相は、こう発言した。

首相、赤字国債増を容認 過去最大90兆円台半ば

鳩山由紀夫首相は14日夕、2010年度予算での赤字国債発行について、景気低迷による税収減の穴埋めを目的とした増発はやむを得ないとの認識を初めて表明した。10年度予算編成の概算要求では、予算規模を示す一般会計総額が要求段階で過去最大の90兆円台半ばに膨らむ見通し。首相は、一層の要求削減に取り組むよう藤井裕久財務相を通じ各閣僚に指示した。


基本的に民主党政権は「左翼政権」なので大きな政府を目指す。「困っている人を助ける」というのがスタンスなので、大きな政府になるのだが、その分仕掛けが大きくなり、時に「詭弁」を弄したり、「厚顔無恥」を犯さなければならない。
もっともその行為は、前の自民党政権に比べれば、はるかに「清潔」であり「正直」なのだが、これが現実政治の厳しさなのでしょう。

国家は「組織」を助けない。
新政権発足一ヶ月ですから、その形は定かではない。
しかし、国家が「組織」を助けないという方向はおぼろげながら見えています。

「孤軍、河を渡る!」

自分の身は、自分で守るという、至極当然な道しか目の前にはない。

覚悟、覚悟、覚悟・・・・。

深夜のファミレスで、若者たちの陽気な笑い声を聞きながら、そんなことを考える。


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2009年10月05日

空振(くうしん)

子供の頃、宮崎県と鹿児島県の境に近い「都城」という町に住んでいました。

年に何回か「空振(くうしん)」を体験した。

「空振」です。「からぶり」ではありません(笑)

空振(くうしん)は、火山の噴火などに伴って発生する空気の振動のうち、人間の耳で直接聞くことが難しいもの。人間の耳に聞こえる振動は爆発音と呼ばれる。
火山が爆発的な噴火を起こすとき、火口において急激な気圧変化による空気の振動が発生し衝撃波となって空気中を伝播することがある。火口から離れるに従って減衰し音波となるが、瞬間的な低周波音であるため人間の耳で直接聞くことは難しい。空振が通過する際に建物の窓や壁を揺らし、窓ガラスが破損するなどの被害が発生することもある。(Wikipedia)より


直線距離で40kmほど離れているのですが、鹿児島の「桜島」が噴火すると、窓ガラスが「鳴る」。すなわちガタガタと窓が揺れる。これが真夜中に来ると少々驚く。爆発音を聞いていないので、何が起ったのか瞬間的には分からない。一呼吸おいて、桜島の噴火であることに気付くのですが、その瞬間ははっと身構えることしか出来ません。

sakurazima.jpg


鹿児島市・桜島の南岳山頂火口(1040メートル)で3日午後4時45分頃、爆発的噴火があった。南岳での爆発は2月22日以来、約7か月ぶり。
鹿児島地方気象台の観測によると、噴煙の高さは約3000メートルに達し、噴石は4合目まで飛んだ。同気象台は「マグマが地下にたまっていることを示す地殻変動の兆候がうかがえる。今後も同規模の噴火が予想される」と注意を呼びかけている。(読売新聞)


【地殻変動の兆候】という言葉にどこか敏感に反応する。ここ数日の太平洋沿岸の地震の風景と重なる。


昨今の日本を取り巻く状況もまた「空振」に似ている。
政権交代後の実務の始まりを見ていると、これから起ることが今までとまったく違うものであることが予想できる。

どう考えても、民主党政権は「左翼政権」で、「困っている人々」を助ける政策を行う。子供を持っている人々や高齢者、失業している人たちや生活に困っている人々。前政権からのさまざまな政策変更の方向性は、間違いなく、困っている人を助けるという方向へ傾斜している。
所得制限のない子育て援助金、後期高齢者医療制度の廃止、公立高校の無料化、年金無給者への手厚い保護・・・・。
つまり「個人」を助ける政策を行う。
亀井何某というおっさんが言っている、中小企業の「モラトリアム政策」も、中小企業を助けるのではなくて、会社の資金繰りで個人保証をしている中小企業経営者を助けるための政策であって、中小企業育成の観点から行われているものではない。
誤解を恐れずに言えば「左翼」とは、国家のない考え方で、搾取される側に立った論理で成り立っている。だから「左翼」は、国家や国旗を否定し、国家を守っている自衛隊を否定し、突き詰めると資本家を否定する。
いまどき、資本家などという言葉を聞くこともなくなったが、基本的には、「個人」を中心とした世界観で社会の枠組みを考える。
一方、「保守」といわれる人々は、まず枠組みから考える。国家や防衛や外交という外側を整えた上で、内政へ向かおうとする。

どちらが正しいかなどという論議は無意味です。
時代は、その時代を生きる人々が選択し、あるいは強制されて動いてゆく。その意味からいえば、現在は、強大な権力を持った「左翼」と、行き場を失った「保守」がそれぞれにたたずんでいる風景なのです。

外圧が引き金を引くのか、内政の乱れが引き金を引くのか、緩やかな衰退、言葉を変えれば成熟社会が出現してくるのか今は分からない。
しかし、紛れもなく、どこかで何かが「噴火」する。その「噴火」は、直接見たり聞いたりしない限り「空振」となってわれわれの元へ届く。

はっきりしているのは、国家が「企業」を積極的に助けるなどという幻想的な世の中がしばらくはないということです。
小泉・竹中時代は「頑張るものには報酬を、頑張らない人は消えてくれ!」というひどい時代でした。これからしばらくは「頑張らない人も助けてあげます!」というもっとひどい時代がやってきます。だって、頑張らない人に差し上げる税金は、頑張った人々が納めたものなのですから、税金を納める人々がばかばかしくなってくる。年金を納めずに生活保護を受けたほうが、年金をもらうより多い収入を得てしまう。そうなると年金を真面目に納めている人々が切れてしまわないか。

右か左かなどという単純な問題ではなさそうです。

新政権が誕生して2週間以上たちますが、まだまだ全容が見えません。はっきりしているのは、国家が「企業」を積極的に助けるなどという幻想的な世の中がしばらくはないということです。

「覚悟」の時代の深度はますます深くなるようです。

どこからか「空振」が聞こえてこないか・・・・。

毎月、福岡開催「とじき塾」は、【成功】【失敗】の「他社事例」を元に、今一度【組織活性化活動】の「手順(プロセス)」と「要素」について詳細に解説をいたします。通常のセミナーや講演では話せない、企業の「裏話」も含め、組織活性化を阻害するものを明らかにします。
開催日は10月6日です詳細、およびお申し込みはこちらからどうぞ久々、とじき「四時間」独演会です乞う、ご期待(笑)

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2009年09月12日

粛清

福岡商工会議所で、講演の仕事があって、午後から出かけた。
全国の「商工会」や「商工会議所」で話をしているのだが、奇妙なことに本家本元の「地元」でははじめての講演になります。

「おーい、福岡商工会議所はどこにあるんだい?」

福岡出身の女性スタッフに尋ねると、博多警察署の隣、と応える。

んっ?博多警察署?歩いて10分じゃないか?

はい、事務所から、歩いて10分のところで「講演」をしてきました。
テーマは「事業承継に関する後継者育成」ということで、散々好きなことをしゃべってきました。もちろん、今までの経験に基づいて、事例と実話で構成しているのですが、私の話は、少々表現が「過激」に近くなるらしい。
自分ではちっとも「過激」だとは思っていないのですが、初めて聞かれる方は驚かれるらしい。

今回も、途中で「自民党」に関して、こんな話をしてしまいました。


選挙から、2週間以上の時間がありながら、後継総裁を決められず、特別国会で「若林何某」という人物を総裁候補に立てるということを決めた政党に未来などない。
もし、本気で「自民党」を立て直そうとするならば、完全に世代交代を行い、若い総裁、幹事長を選ぶべきだ。そして、その総裁、幹事長が、英断を持って、首相経験者や派閥の領袖やべテラン議員たちを「除名」すべきである。
そして50人くらいの政党となって出直せば、4年後は勝てる。そのくらいの知恵者が、首相経験者や派閥の領袖たちにいるかどうか。そうした「組織再生」のシナリオを書ける人間がいれば、正しい意味の「保守」が守れる。


話の中で、そんなことを話した。


なぜならば、歴史上、一家や一族の危急存亡のときに必ずそうやって「組織」は再生しているではないか。息子が親を放逐し、甥が叔父の首を切り落とし、新たな枠組みを作って、組織を再生させてきたではないか。今はまさに「乱世」である以上、それくらいの覚悟がなければ、組織の再生はなしえない。
首を落とされる側にそうした「知恵者」がいるかどうか?その「知恵者」の考えを理解して、粛々と首を切り取る「若い世代」がいるかどうか?


講演のテーマは「後継者育成」なのです。
先代がいて、先代の番頭が何人もいて、その中で組織の「存続と発展」に命を張らなければならない「後継者」が持たなければならない覚悟について話したつもりでした。

2時間の講演を終えて、一度事務所に顔を出し、いつもより早めに帰宅して何気なくテレビを点けると、夕方のローカルニュースで「総選挙を総括する」というテーマで「山崎拓」氏のインタビュー風景が流れていた。

「今回の選挙は、オウンゴールで負けた・・・・」

氏の発言をみて、思わず開いた口が塞がらなくなった。
「オウンゴール」とは、サッカーのプレイの最中に、味方の選手に当たって得点をされることを言う。その前提は、ちゃんと戦っている中で、ということが必要なのだが、自民党はちゃんと戦うどころか、チームとしてまったく成り立っていなかった、という自覚などまったくない。出場させる選手を間違い、トレーニングもしなければ、戦略も戦術もなく、ただユニフォームを着てピッチに立っただけで、ボールにも触っていない選手がいたということに気付いていない。

「オウンゴール?こりゃぁ、終わっている」

派閥の領袖がこの程度であれば、負けて当たり前、消えて当然・・・・・。

「まず、俺たちを切れ!」

と若い世代に向かって言い切れる「自民党ベテラン議員」が何人いるのか・・・・。


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2009年08月27日

「統率者たち」再び・・・

「残暑見舞い」を出して、返事が返ってきた。

今日届いた、見事な筆文字の「残暑見舞い」にショックを受けた。
数年前お付き合いのあった社長が引退をされている。年齢は私より二歳上になる。

〜残暑お見舞い申し上げます
    建設業にこれまでの経験が役に立たなくなったので
    昨年社長を辞めました。今は主として事業継承の勉強
    をしています。暑さにくれぐれもお気を付けください〜

事務所で読んで、スタッフに渡した葉書を、もう一度取り返して、博多のマンションに持って帰ることにした。冗談ではなく、「額に入れて」部屋に飾ることにする。


数年前、この社長を含め、こんな文章を書いています。

【再録・「統率者たち」】

ここ2週間ほどの間に、印象的な「経営者」と親しくさせていただく時間を持ちました。車でご一緒させていただく間、食事をご一緒させていただく間、普段社長室や研修会場で交わす会話ではなく、生の「人間」を垣間見せながらの率直な時間の中で、それぞれに深い印象を受けました。
その経営者の方々に共通するのは、「思い込み」と紙一重の「思い」の強さです。「思い込み」という言葉の中には「独りよがりな」とか「独善的な」というニュアンスが付きまといますが、それと紙一重の「思い」には、「力強さ」と「明確さ」が含まれています。

50歳になるある経営者の方は、十年後、40歳くらいの年代の職員に「社長」を継がせたいという「思い」を抱いています。10年後の40歳は、現在の30 歳です。経営の通念からすれば「青二才」の青年たちを相手に、定期的に社内で自ら「経営塾」を開催し、若手を鍛えています。いずれこの中から自らの手で「社長」をもぎ取る人材が出てくることを信じて。そしてそれを手にした瞬間、「他のライバルたちを社内から追い出すくらいの人材」が欲しいのだとおっしゃいました。

その言葉は、私がその会社で「若手」を相手にしたコンサルティングを行っているとき感じていた、若手たちから感じる途方もない「エネルギー」の理由でもありました。特に女性社員たちの能力の高
さは、他の会社を圧倒しています。数年前から女性職員に、コピーや文書の整理などという雑用をさせない、という社長の通達を受けて、男性と変わらぬ業務を行う彼女たちの姿は、同年代の男性職員よりレベルが高そうにも見えました。

広大な土地を取得し、そこに新しい理念で「施設」を建設しようとしているある経営者は、日本のみならずヨーロッパにまで先例を求めて出かけていきます。「百聞は一見にしかず」をモットーとされるその経営者は、新聞や雑誌で優れた人材を知るたびに、直接連絡を取り、ためらいもなく初対面の人物に会いに行きます。そこで直接「仕入れた」情報は、経営の中にダイレクトに反映されています。

その経営者の紹介で訪れた「喫茶店」や「プライベートホテル」のセンスの良さは、紛れもなく時代の最先端を行くものです。趣のある空間の中でコーヒーを飲みながら感じた「癒し」の本質や、深い霧の中から現れる山々の姿を眺められる宿泊施設の持つ「建設物の本来の目的」は、その経営者が広大な土地で実現しようとしている「理念」にまっすぐ伸びている道筋でもありました。

「思い込み」と紙一重の「思い」は、ある意味経営者の本懐でもあるのかもしれません。彼らの持つ類まれな「リーダーシップ」は、「統率者」としての、凛とした「立ち姿」でもあります。経営とは利益を生むことだ、というその先にある「理念」が私の胸を強く打ちました。
その経営者たちの行く道をしかと見届けたいと思っています。

【再掲終わり】

70歳を超え、なお社長の座に居座り続け、組織をガタガタにしている経営者たちを何人か知っています。

「執念」と「理念」と「行動」の妙をふと考えた。



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2009年08月19日

彼方(かなた)より

18歳の息子が「明治言論誌」などという分厚い本を持って東京から帰ってきていた。聞けば、大学の図書館から借りてきて、夏休みの間に読むつもりだと言う。
明治時代の言論と言うことになれば、【萬朝報(よろずちょうほう)】を興した黒岩涙香周六)」ははずせないはずで、以前読んだ三好徹の「まむしの周六」という小説を汗だくで探すのだが、どうにも見つからない。盆休みの間、実家に預けている本の中に紛れ込んでいるかもしれないと思って探すのだが、やはりない。反骨の塊だった「黒岩周六」の生涯を扱った小説で、捨てたはずはないのだが、休みの間では探し出せなかった。

小説を引っ張り出して、偉そうに息子に「訓示」を垂れるという密かな野望はかなわなかったが、代わりに懐かしい本が出てきた。

奥付を見ると「昭和59年」となっているので、今から25年ほど前の本ということになる。27,8歳のころに読んだ本なのだが、タイトルを見ただけで、ありありと中身を思い出すことが出来た。

ある運命について  司馬良太郎  中央公論社

歴史小説家として知られる司馬遼太郎は、同時に、優れた随筆家でもあり、私個人の好みとしては、彼の書く「小説」よりも、歴史に関する「随筆」や「紀行文」のほうがはるかに馴染んでいる。
司馬遼太郎の全編を貫く【合理】に満ちた文章は、明治以降、最高のものではないか。いい意味でも悪い意味でも日本人の特質である情念に捉われず、科学者が冷静に現象を観察するように、歴史を解剖し、手馴れた料理人のように目の前に「歴史」を並べる。その鮮やかさに、何度深いため息をついたか知れない。

目次を開き、目当ての「タイトル」を探し、ページに飛ぶ。

タイトルは「奇妙さ」という。

新撰組のことを調べていたころ、血のにおいが鼻の奥に溜まって、やりきれなかった。ただこの組織の維持を担当した者に興味があった。
新撰組以前には、日本に組織といえるほどのものはなかったのではないかと漠然と考えていた。
あらためていうまでもなく、組織というのは、ある限定した目標をめざしてナイフのようにするどく、機械のように無駄なく構築された人為的共同体である。江戸期の藩というのはそうではない。
藩の原型は、戦国の軍団である・・・・(後略)

27.8のころ、どういうわけか、この文章が「胸に刻み込まれ」てしまった。企業の何ものかを考えるときの、私の基本となる考え方は、実はこの文章にあるといっていい。

真夏の冷房のない部屋で、しばし本を探すという作業を止めて、その文章に眼を通した。

「彼方より」何ものかが沸き起こってくるような気分になった。


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