九州最大手の明林堂書店、民事再生手続き
九州最大手の書籍販売業「明林堂書店」(本社・大分県別府市)が、大分地裁に民事再生法の適用を申請し、25日、保全命令を受けた。負債総額は約153億円とみられる。営業を続けながら経営再建を目指す。
同社は九州・中国地方の11県で書店92店舗を展開しており、07年9月期の売上高は約163億円で、九州では業界首位。信用調査会社の東京商工リサーチによると、同社は1982年に創業し、ゴルフショップや焼き肉店などの異業種にも参入。最盛期の01年には、書店120店舗、ゴルフショップなど20店舗を展開して売上高約211億円を計上した。(朝日新聞)
「先生、明林堂、民事再生手続きに入っちゃいましたよ」
「うん、そうみたいだね」
「先生が言ってたようになりましたね」
「えっ、何だそれ?」
「えーっ、嫌だなぁ。一昨年の【とじき塾】で、地方でコンサルが出来ない業種が書店と測量設計会社だって言ってたじゃないですか。これから大きな書店でも立ち行かなくところが出てくるって言いましたよ」
「そうかぁ、もう忘れちゃったなぁ」
「ひどいなぁ、ロングテールの話の中で、ネット書店の伸長が進むと現物を扱うところが厳しくなる。ネットが普及して、個人の興味が極限まで細分化した時、既存の書店では顧客のニーズに対応しきれなくなって、売上が維持できなくなる。人口10万人以下の都市で書店経営は難しくなるって言いましたよ」
「へーっ、よく覚えてるなぁ」
「明林堂は九州最大手ですから、影響は大きいですよね。うちの近所で一番大きな書店だったんですよ。いくらアマゾンが便利だといっても、雑誌が買えなくなると困るんですよ」
「私もそうだ。宮崎の自宅で一番近い書店が駅前の明林堂なので、不便になるね。営業は続けるらしいが、不採算店舗の閉鎖はあるだろうから、本屋がなくなると私もつらい」
「やっぱり時代変化なんでしょうか?」
「明林堂の場合は、ゴルフショップや焼肉店などという異業種にも進出していたから、一概には言えないかもしれないが、情報収集が活字主体ではなくなってきているという影響はあるだろうね。実際に新聞はずいぶん発行部数を減らしているし、雑誌の売上も極端に落ちているからね。特に地図関係なんてネットに客を取られて惨憺たるものだ」
「明林堂の書籍類最高の売上は1996年だったそうです。やはりそのあたりの時期から時代変化が始まったんでしょうか?」
「そうか、その年だったのか。1996年ねぇ・・・・」
「何ですか、その意味深な言い方は・・・・」
「1996年の時は何歳だ?」
「ええと、22かな23かな。ちょうど大学を出た年ですよ」
「・・・・・・」
「何ですか、その表情?止めて下さいよ。人の顔をじろじろ見るのは」
「いやぁ、うらやましいなと思ってね。私はその年、40歳だ。もうおじさんだったんだな。なるほど君たちとIT技術力が違うはずだ」
「何の話ですか?」
「うん、実は現代社会を考える時、1996年という年はとても大事な年だったんだよ」
「・・・・・・?」
「その前の1995年の11月に【ウィンドウズ95】というOSの日本語版が発売されてね、それまでNECやエプソンという日本独自のOSとDOS-vという国際的なOSが混在していたパソコン業界が、ようやくシングルスタンダードに統一されて、パソコンが爆発的に売れ始めた年が1996年なんだ。今のマウスを使うやり方やユーザーインターフェイスが一変したパソコン元年と言っていいかな。当時ワープロ専用機などという日本独自の機械があったため若干の混乱はあったが、あっという間にウィンドウズパソコンがそれらを駆逐していった記念すべき年だな」
「そういえば、大学時代はコマンドを打ち込んでいましたよ」
「そうだろう。それと、携帯電話が爆発的に売れ始めたのも1996年だ。確か年間100万台を突破したのはその年だったはずだ。その後あっという間にか価格が下がり一気に携帯電話が普及したんだ。パソコン元年であると同時に携帯電話元年だった」
「・・・・・・!」
「おい、どうした?」
「はい。親父に叱られながら当時まだ高かった携帯電話を買ったのはその年でした」
「そうか・・・・。その年を境にして日本社会は大きく変っていく。それまで待ち合わせ場所だった喫茶店に客が来なくなり、全国から喫茶店が消えて行く。携帯電話料金の支払いに追われる若者たちが金がなくなり、漫画雑誌を買わなくなり漫画の発行部数が急激に下降線を辿り出す。当初は使い物にならなかった通信回線がアナログからデジタルに変り旅行の手配が出来るようになって旅行会社が苦しくなり始める。ネット販売など最初は信用されていなかったのだが、コンテンツが充実し、物販の一翼を担うまでに成長し、株の売買までネットでするようになる。携帯電話コンテンツのメールの充実から、若者がファミレスでたむろする必要がなくなり、深夜若者の姿がファミレスから消え、外食産業はこのところ苦戦が続いている・・・・」
「書店もその頃から苦しくなってきたんでしょうか?」
「実際には、じわりじわり、という感じだろうけど、その始まりを求めるとしたらやはり1996年だろうね」
「まだ、12年しか経っていないんですね」
「そうだよ」
「何か、昔からこんな生活を続けているような気がしているけど、たかだか12年ですか・・・・・。先生が時々言う、携帯電話がなかった頃の会社の仕組みって話も、そんなに昔の話じゃないんですね。先生は携帯電話はいつから使っていたんですか?」
「私は土木部長という立場もあったからずいぶん早かったなぁ。流行り出す3年前から持っていたな。モトローラ社のでっかいやつだったけど」
「ネットはいつからですか?」
「私用のビッグローブとの契約は11年目になるかな」
「ずいぶん早かったんですね」
「新しい物好きの、努力なし、というやつかな。携帯電話もコンピュータもまだうまく使いこなせないねぇ。いつもスタッフに馬鹿にされているよ」
「いやぁ、先生くらいの年齢でそのくらい出来れば十分でしょう」
「あのなぁ、それ褒め言葉になってねえぞ!」
「すみません(笑)」
「もうひとつ、1996年というのは記憶されるべき年なんだ」
「何ですか?」
「君とは一回り以上違うので、おじさんの独り言と思ってくれればいい」
「・・・・・はい」
「その年に、司馬遼太郎が死んでいる」
「・・・・・・」
「芸術家の岡本太郎、作曲家の武光徹、政治学者の丸山眞男、天文学者のカール・セーガン・・・」
「・・・・」
「芸能人は凄かったな。横山やすし、三橋美智也、高橋悦史、山形勲、渥美清、小林昭二、フランキー堺、安田伸、ジーン・ケリー、マルチェロ・マストロヤンニ・・・・。作家では司馬良太郎のほかに遠藤周作、山村美紗が亡くなっている。漫画家の藤子不二雄もその年だったな。政治家では金丸信も死んでるな・・・」
「・・・・すみません、先生。半分も判りません」
「いいんだ、判らなくても・・・」
「でもその人たちって凄かったんですか?」
「凄かったね。それこそ戦後の昭和を代表するような人たちだったね。その人たちが亡くなった年でもあるんだ、1996年という年はね」
「・・・・・」
「1996年は、平成8年だ。司馬遼太郎が死んだ年なのでよく覚えているよ。ああ、昭和が終わっちまった、って年末に思ったものだ。これから何かが変るんじゃないかと思った年でもあるんだが、こうして考えるとやはり節目の年だったのかもしれないね」
「それにしてもよくそんなに覚えてられますね。感心しますよ」
「それは褒めてるのか?」
「うーん、微妙な所ですね」
「微妙か?」
「はい。最近の女優やタレントの名前、全然知らないでしょう?」
「そうだ、知らん!」
「今のことは知らないくせに、昔のことを一生懸命話している姿を見ていると・・・・・」
「・・・・・何だ?」
「おまけに、知らなくてもいいんだ、なんて言うから、何となくうちのおじいちゃんみたいですよ。あっ、言っちゃった!」
「・・・・お、お、おじいちゃん!!!おい!取り消せ!そのおじいちゃんだけは取り消せ!」
「怒ったんですか?」
「当たり前だ!おじいちゃんはないだろう!!時々うちの【鬼スタ】もそう言うんだ。おじさん、と言え!おじさん、と!」
「はぁい、訂正します。おじいちゃんみたいな、おじさんですね」
「くそうぅ!!出入り禁止にするぞ!」
「へへへ、出来ますかね・・・・。それにおじさんもおじいちゃんも大して変らないじゃないんですか」
「馬鹿野郎!ずいぶん違うわい!くそぅ、負けねぇぞ!!」
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MoKuJi
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「昭和が終わった」と感じた年が確かにありましたが、それからもう干支が一回りしたのですね。なんだか感慨深いような、ここまで荒波を乗り切ったなぁという感じです。(ほんとうは荒波の真っ最中なのですが)
これからもとじきさんのブログで目を磨いていきます。どうぞよろしくお願いします。
過分なお言葉ありがとうございます。
そうですね。干支が一回りしてしまいました。ドッグイヤー、マウスイヤーではないけれど、世の中の変化が凄まじく、目先のことに追われてばかりいるので、時々こうして自分なりの「区切り」が必要になります。そのときは分からなくても、振り返るとそうだったのかと思うことが良くあります。
いささか、疲れ気味のおじさんですが、今後ともよろしくお願いいたします。
とじき