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2007年12月31日

年の瀬の「感謝」2

ブログを始めて、二度目の「大晦日」です。

今年も多くの人たちに支えられての一年でした。
身近な「スタッフ」、機構会員の会計事務所の「先生方」、多くの研修で講師を務めていただいた「専門家(スペシャリスト)の方々」、「とじき塾」や「セミナー」で知り合った多くの「企業人」、全国の「講演会」で言葉を交わしていただいた方々・・・・・。
そして、このブログを毎日「読んでいただいた皆様」。

毎日書き続ける「元気」は、すべての方々から頂いた。
時に「休みたい」日もなくはない。
それでも何とか書き続けられたのは、「読んでくれる人がいる」という「目に見えぬ風景」が背中を押してくれるからです。

つたない文章や、思い切り偏向した考えにもかかわらず、読んでいただいて感謝します。

もうすぐ一年が終わる。
そして新しい年が始まる。

「何かの終わりは、何かの始まり・・・・」
止める事のできない「時間」は、連綿と続く。
人は命の続く限り生きなければならない。
企業は「存続」する限り「改善」を繰り返さなければならない。

本当に本年もありがとう。
そして、来年もよろしく。

宮崎にて


posted by tojiki at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | コンサル日記 この記事をはてなブックマークに登録

2007年12月30日

千切れ雲

071230.gif10年を越えて、「12月30日」は、地元・宮崎でゴルフをするという話は、去年の12月30日のブログに書いた。

その12月30日です。

ブログを書く上でスタッフからきつく言い渡されているのが「いくらネタに困ったからと言って、体調が悪い、とブログに書かないでください。電話や営業先で、もっと社長を大事にしなさいと真顔で言われて困るんです・・・」ということです。その余りに真剣な口調に思わず頷き、ここしばらく「体調」のことは話題にしていない。
年末なので正直に書けば、50を越えた身。50肩、腰痛、筋肉痛は日常茶飯事。おまけに旅から旅の生活なので、不規則と不節制の塊です。
スコアの言い訳ではなく、体調はよくない。
それでもこの日は、無理をしてでも、ゴルフに出かける。

地元・宮崎の「現場監督たち」との交流は、一年の締めくくりとしては最高の時間です。
【不言実行の男たち】は、どこまでも優しい。
人としての「許容範囲」が、わずかながら一般の方々よりも広い。
何しろ、天気を相手にしているのです。雨風と日常的に戦っている男たちは、無口ながら「諦め」と「踏ん張り」というメリハリが効いている。「台風だからしょうがない」というシーンと「台風でもしなければならない」という極限の中に何度も身をおいている経験が、すでに風格となってにじみ出ている。
あいにく「最大瞬間風速19m」というコンディションの中のプレーでしたが、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
私が書いたどげんもならん!」というブログの背景も「実例として」しっかり教えてもらった。

自宅から15分ほどのところにあるそのゴルフ場は、建設当時から「ホームグラウンド」のようなものでした。関連する県道の工事に私は初年度から完成まで10年間携わってきました。そのゴルフ場も今年の9月に「韓国系企業」に買収をされました。つい先ほど亡くなった黒川紀章」が設計したホテルを中央に配した立派なゴルフ場ですが、すでに「外資」のものです。ダンロップゴルフトーナメントが行われるゴルフ場もすでに「外資」のものです。
宮崎のような「日本を代表する田舎」にもこうした「国際化の波」が押し寄せていることを肌身で知らされる。数百万円した「ゴルフ会員権」は、当然紙くずになったそうです。

「風速15メートル」を越す「南九州の青い空」に「千切れ雲」が浮かんでいました。強く吹く風が「何物なのか」、空に浮かぶ千切れ雲が「何物なのか」、青い空が「何物なのか」、プレーの合間に何度も空を眺める。
いずれにしても「アゲインストの風(向かい風)」からは逃れようはない。一年の終わりに考えることは、実に取り止めがない。



日本中を旅をして、気なる風景はとりあえず写真に撮ります。
今年の「一枚」です。
11月、新潟県の妙高市から長野に抜けるJRの窓から、妙高高原を撮ってみました。今年の「お気に入り」です。

P1020866.jpg




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2007年12月29日

二種類の「リスク」

071229.gifギリシャ神話には二人の「時の神様」がいます。
計測可能な、流れる 「時間」 を意味する 「クロノス(Chronos)」 と、一瞬の 「時」 を支配する 「カイロス(Kairos)」 の二人です。

一瞬の「時」、すなわち【チャンス】を司る「カイロス」は、頭にひとつかみの前髪しかなく、肩とカカトに翼を持った少年の神だそうです。ここから「素早く動く幸運の神の頭には前髪しかない」。すなわち、チャンスは「前」で捕らえるしかなく、過ぎ去ったあとには髪の毛がないので捕まえられない、という西洋のことわざが生まれたようです。

「チャンス」と「リスク」は表裏をなしています。
「リスク」のないところに「チャンス」はなく、「チャンス」は必ず「リスク」を伴う。 卑近な例で言えば「宝くじを買わない人に宝くじは当たらない」のです。
「ノーリスク、ハイリターン」などこの世にあるわけはなく、「チャンス」と「リスク」の狭間でわれわれは惑うのです。

大切なことは、「リスク」には二種類あることを知ることです。
【積極的なリスク】と【消極的なリスク】です。
【積極的なリスク】とはそれをやって失敗するかもしれない「リスク」のことです。【消極的なリスク】とは、それをやらなかったためにこうむる「リスク」すなわち損失のことです。

2007年を振り返れば、さまざまな「社会のひずみ」や「国家の嘘」が明らかになった。国や自治体があてにならないことを多くの人が知るようになった。来年に向けて起こるであろう予想もしない「出来事」は、われわれの生活や人生を直撃する。
すでに「社会保障」に関する負担は目に見える形で増大し、多くの品物の値段が約10%上昇した。年明けからはさらにその品目は増える。11月の物価上昇率は9年八ヶ月ぶりの高い伸びを示している。

何かに挑戦する「リスク」
何もしない「リスク」
組織が抱える問題は、この【バランス】のことをいう。

俗な言い方をすれば経営者の【胎(はら)のくくり方」の問題に過ぎない。

ギリシャ神話で「一瞬の時」を司る「カイロスの後姿」をリアルに想像することが出来るかどうか。混迷の時が「チャンスの宝庫」であることを想像できるかどうか。

多くの企業と個人が「試される時代」がやってきた。

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2007年12月28日

Twilight In Upper West

071228.gif12月下旬だというのに、福岡は一向に寒くならない。年末年始は大荒れの天候になるという予報だが、ここ一週間ほどはコートもいらない。暖房も必要がない。風が吹いても10月下旬か11月の気配で、いささか気が抜けたような師走です。

仕事納めの企業も多かったようで、丁寧な挨拶の電話やメールをたくさん頂く。包み隠さずに書けば、この年末が苦しかった企業様もある。こういう仕事をしていると「財務内容」まで見える分、秘かに心配をする。企業の【存続と発展】というテーマで仕事をさせてもらっている以上、ほとんど我がことのように胸が痛む。

弊社も今日が仕事納めでした。
今年一年、数多くの出会いを頂いた。ご紹介していただいた方々、訪ねてきていただいた方、知り合った方々、全てに深く感謝します。
地元九州からだけではなく、遠く東北や関東や関西からも来ていただいた。同時に全国各地からお声を掛けていただき、訪問させてもらった。
まさに「縁」としか言いようのないつながりを今年もまた多く頂きました。
スタッフ共々、深く感謝します。

個人的には、50の坂の入り口に佇み、戸惑うことが多い年でもありました。途中でずいぶん体調を崩し、頭をひねったものでした。以前なら軽々とできたことが、どこかで齟齬をきたす。特に「旅」に明け暮れる日々を送って、何ともなかったはずなのに、以前のようにいかない。旅先で5連泊、6連泊しても平気で翌日の仕事をこなしていたはずなのに、旅明けの「疲労度」が違う。
ずいぶんスタッフに迷惑と心配をかけた一年でした。

昨日ブログに書いたとおり来年は【平成20年】です。
世の中の仕組みが悲鳴を上げ、きしみだす。
国際標準の波が物理的に押し寄せて目の前に姿を現す。
国家や社会の仕組みが国民や個人を救わない。
それどころかなお一層の「痛み」を押し付ける。
この流れはもう一段ギアをあげてわれわれに迫ってきます。

T-SQUAREというフュージョングループの曲がYou Tubuにあることを
平成3年生まれの息子に教えてもらった。
ちょうど20年前の曲です。



現場への行き帰りに、年代もののスカイラインのカセットでテープが擦り切れるまで聞いた曲です。当時私は30になったばかりでした。夢があり、希望があり、悩みがあり、それでも前に前に進まなければならなかった。
20年前の私が、この曲の向こうに見えるようです。


新しい年が始まります。
過去と現在と未来が交錯する。
過去は過去。
現在は現在。
明日のために何ができるか・・・・・。

仕事場でブログを読んで頂いていた方々には、年末の挨拶になります。

どうぞ良いお年を。

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2007年12月27日

平成20年

071226.gif日本の近代史を学ぶ上で、1945年(昭和20年)は、無視することのできない年です。
1868年(明治元年)から、欧米列強の圧力を跳ね返すために全国民がいい意味でも悪い意味でも「富国強兵」を旗印に進めた近代化が、頓挫した。世界中を敵に回した戦いでの「敗戦」という現実を迎えたのが、その年です。

1956年(昭和31年)生まれの私にとっては、戦前のことは「歴史上」のことです。父母が話してくれる「戦前」「戦中」のエピソードで、おぼろげに想像するが、現実に生きていたわけではなく、あくまで親の世代の出来事です。父方の祖父が1931年(昭和6年)に勃発した日中事変に従軍しているのだが、私が5歳のときに亡くなっているのでその話も聞いてはいない。残っているのは、満州で写したという一枚の若かりし祖父の写真だけです。
後年、熊本の測量学校で「陸軍測地測量部」に属し、中国に渡り満州地図を作っていた教授たちの冒険話を聞きながら、これもまたおぼろに戦前、戦中を想像するしかない。

1927年(2年):昭和金融恐慌
1928年(3年):張作霖を爆殺。男子普通選挙実施
1929年(4年):世界恐慌
1930年(5年):金輸出解禁
1931年(6年):柳条湖事件、満州事変
1932年(7年):満洲国建国、血盟団事件、五・一五事件
1933年(8年):12月23日 継宮明仁親王(のちの皇太子となり、後に今上天皇)誕生、滝川事件、国際連盟脱退
1935年(10年):天皇機関説問題
1936年(11年):二・二六事件、日独防共協定締結
1937年(12年):日中戦争開戦 、日独伊防共協定締結 朝鮮で皇国臣民ノ誓詞を発布する。
1938年(13年):国家総動員法制定
1939年(14年):ノモンハン事件、ドイツがポーランドに侵攻
1940年(15年):日独伊三国軍事同盟締結、大政翼賛会結成
1941年(16年):12月8日 太平洋戦争開戦(真珠湾攻撃)、日ソ中立条約
1945年(20年):3月9日-10日 東京大空襲(他に12日名古屋大空襲、13-14日大阪大空襲、17日神戸大空襲等)
1945年(20年):4月1日、米軍が沖縄本島に上陸(沖縄戦)、地上戦となる。6月23日、日本軍の組織的戦闘が終わる(慰霊の日)
1945年(20年):広島市(8月6日)長崎市(8月9日)に原子爆弾投下
1945年(20年):ソ連が日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦布告(8月9日)、千島・樺太に侵攻
(ウィキペディアより)

特に1939年(昭和14年)から始まった「第2次世界大戦」では、諸説あるが(行方不明・一般市民を含む)

アメリカ  40万人
イギリス  50万人
フランス  35万人
ポーランド 600万人
ソ連    2000万人
中国    1000万人(一説1200万人)
ドイツ   550万人
イタリア  65万人
日本    310万人

という戦争による死者を出している。「人」ではないのです。「万人」です。
1945年(昭和20年)当時の日本の人口は、7200万人です。人口の4.3%を今の人口にしてみると550万人に相当する。そしてその死者に全て家族がいて、なおかつ負傷者が含まれていない・・・・・。

激動の「20年」といわれる所以です。

それと同じだけの「時間」が過ぎました。
来年はいよいよ【平成20年】です。平成生まれが「成人」する。

昭和天皇が「崩御」し、今は亡き小渕官房長官が新年号を発表してから、20年・・・・。
後世、歴史家たちはこの「平成の20年間」をどのような言葉で現すのでしょうか。

ますます、「自分の身は自分で守る」という言葉が身に沁みる。
書き上げた年賀状の年号を見つめて、しばし嘆息する。


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posted by tojiki at 20:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史に学べば この記事をはてなブックマークに登録

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